-その理由は、2021年ノーベル医学生理学賞・温度を感じるセンサーの発見-
2021年ノーベル医学生理学賞は、温度を感じるセンサー(温度受容体)を発見したデビッド・ジュリアス博士と硬さや手触り等機械的刺激を感じるセンサー(触覚受容体)を発見したアーデム・パタプティアン博士が受賞しました。
キムチ鍋は苦手なバンダナ先生ですが、今回は、この温度に反応するセンサー(温度受容体:TRP:Transient receptor potential channel)が、実際に私たちの生活の中でどんなに大切な役割を果たしているかを実例とともに紹介します。
1.熱い湯に指を入れた時になぜ“熱い”と感じるのか、冷たい氷に触った時になぜ“冷たい”と感じるのか?
私たちは、四季折々、「冷たい・寒い(cold)」、「涼しい(cool)」、「暖かい(warm)」、「熱い・暑い(hot)」など,様々な温度を感じて過ごしており,意識的・無意識的にそれに対応しています。図2のように、外界の温度センサーの場合,感覚神経の末端が温度による刺激(熱い、冷たい)を電気信号(活動電位)に変換して、その情報が脳(中枢)へと伝達されます。
2.温度を感じる温度センサー(温度受容体:TRPV1)の発見
ジュリアス博士らは、最初,痛み、熱,触覚に反応する神経細胞の遺伝子を調べており,これに対応した数百万種類のDNA断片を準備し、1遺伝子ずつに,唐辛子の辛味成分カプサイシンを加えて細胞の応答を調べました(結構、研究者の仕事って、何回も同じ実験を繰り返す、じみな仕事なんです)。その結果、カプサイシンで活発な反応を示したのが TRPV1というたんぱく質(図1、2の赤色)の遺伝子でした(1997年発見)。
3.唐辛子(カプサイシン)のセンサーと温度(43℃以上)のセンサーは同じ温度感受性センサー(TRPV1)です。
図2.感覚神経終末における刺激の受容と伝達の仕組み
(富永真琴)(一部改変)
図1のように、唐辛子成分のカプサイシンが温度センサー(TRPV1)に結合すると活性化され、ナトリウムイオンやカルシウムイオンが細胞内に流れ込み、電気信号が発生し(脱分極)、細胞が興奮して、脳に辛さが伝わります。
このTRPV1は、カプサイシンだけでなく、43℃以上の熱や痛み、酸でも反応することが分かりました。よって、唐辛子(カプサイシン)の熱感は、カプサイシンが43℃以上の温度を感知するTRPV1を活性化することによって起こります。すなわち、辛味のセンサーは、温度のセンサーでもあり、辛さのhotと熱さのhotは同じ仕組みで感じるわけです、ホットでホッと。
また、43℃という温度は、細胞が生きるか死ぬかの限界温度(別号で解説)であり、43℃以上が痛みとなって感じられるのは、私たちが高熱による“危険”をさけるために大変都合よくできています。
その後、TRPV1と類似した温度センサーが図3のごとく多数発見されました。またこれらの温度センサーは、資料1にあるように様々なスパイス、植物・漢方薬の成分によっても活性化されます。料理やアロマで使用するスパイスは単なる香辛料としてだけでなく、温度センサーに作用することで、身体の生理作用(例:カプサイシンはTRPV1を活性化して糖質代謝を亢進する)にも影響することが明らかになってきました。
4.哺乳類では、冷たい温度から熱い温度までをカバーする各種温度感受性TRPセンサーが存在*する。
*(2004年,富永真琴:温度受容の分子機構-TRPチャネル温度センサー,日本薬理学雑誌)
そして、温度刺激だけでなく様々な植物、スパイス・アロマ成分が温度感受性TRPセンサーを活性化することがわかりました。
よって、生姜や、ぺパーミントや、ローズマリーや、シナモンや、ワサビが、あたかも温度が変化したかのように感じさせるのです。
1) TRPV1:唐辛子の成分カプサイシン、生姜の成分ジンゲロール、酸、痛み、熱(43℃以上の温度を感受)
唐辛子を食べると、口の中の感覚神経に存在するTRPV1に辛み成分・カプサイシンが反応し、温度感覚と痛覚が刺激されるとともに、スパイスが持つ香りと相まって、スパイス独特の風味がもたらされ、それらを脳で統合しておいしさを感じます。(舌以外にあるTRPV1ではカプサイシンの刺激を辛味ではなく痛みとして感知します。)
また、興味深いことに、43℃以上の熱刺激を感受するTRPV1を活性化するカプサイシンを食べると、熱産生(熱を作る)と熱放散(熱を逃がす)が同時に起こります。すなわち、カプサイシンは、エネルギー代謝を盛んにして熱を作り熱くなるとともに、顔が赤くなったり、汗をかいて熱を逃がしているわけです。
コメント:辛味は味覚ではなく感覚です。
辛味は、5味(甘味、酸味、苦味、塩味、うま味)には含まれません。これら5味は水溶性で舌にある味蕾で感じます。
唐辛子の辛味・カプサイシンは脂溶性で、上皮細胞の下にある感覚神経のTRPV1に作用して辛味を感じます。
コメント:甘味、酸味、苦味、塩味、うま味(5味)はすぐ感じるが、辛味は後から感じる。
5味は水溶性で直ぐに味蕾に届き味を感じますが、辛味は脂溶性で温度感受性センサーTRPV1に届くまで少し時間がかかるので、
少し後から辛味を感じます。
コメント:甘味、酸味、苦味、塩味、うま味(5味)は水を飲むとすぐ味が消えるが、辛味は水を飲んでも消えません。
5味は水溶性なので水で味が薄まりますが、カプサイシンは脂溶性なので水に溶けず、辛味が残ります。
2)TRPM8:ペパーミントの成分メントール、ローズマリーの成分シネオール、清涼感(25-28℃以下の温度を感受)
ミントを食べると、ミントの成分・メントールが、口の中のTRPM8(28℃以下の温度の清涼感)を刺激し、スーと感じます。
この時は、熱放散は抑えられ、熱産生が高まります。
3)TRPA1:ワサビの成分アリルイソチオシアネート、シナモンの成分シンナムアルデヒド、冷感(17℃以下の温度を感受)
ワサビを食べると、ワサビ成分アリルイソチオシアネートがTRPA1(17℃以下の温度を感受)を刺激し、鼻をつく冷感を感じます。この時は、熱放散が抑えられ、熱産生が高まります。
すなわち、高い温度を感知するセンサーTRPV1をカプサイシンで活性化すると、体を冷ます方向に体温が調節され、冷たい温度を感知するセンサーTRPM8, TRPA1をメントールやワサビ、シナモンで活性化させると、体を温める方向に体温調節がかかり、私たちの体温を一定に保つうえで、理にかなった反応です。
また、多くの植物由来物質が温度感覚をもたらしたり、痛み感覚に関与しており、漢方薬にも生姜、山椒、桂皮等TRPセンサーを活性化する物質が含まれており、生薬の薬効とTRPセンサーが関与しています。
5.温度感受性センサー(TRP)と植物やスパイスや温度刺激の日常生活における例
温度感受性センサーTRPは、単独で刺激した場合より、例えば、TRPV1の場合、辛み刺激・唐辛子と熱刺激・43℃以上を同時に加えると、より活性化されます。
1)キムチ鍋は熱いほうがより辛い
キムチのカプサイシン(辛み刺激)と鍋の熱刺激(43℃以上)が同時に作用し、より熱く、より辛く感じる。更に辛く、熱く、なれば痛みも感じる。
2)紅茶に生姜を入れるとより温かい。
紅茶も熱刺激(43℃以上)と生姜成分ジンゲロール(辛み)が同時に作用し、より温かく感じる
3)激辛カレーは冷たいとあまり辛くない
冷えた激辛カレーは、カレーの中の唐辛子の成分カプサイシンの刺激しかないので(熱刺激がない)、あまり辛いとは感じない。
4)寒い冬には温まるために、靴下や肌着に唐辛子を入れる。
唐辛子成分カプサイシンがTRPV1を活性化し熱感をもたらすとともに、交感神経を介して熱産生も引き起こすことから温まる。
5)ミントに触れると本来冷たくなくても、冷たいと感じる。アイスクリームにミントを加えるとより冷たく感じる。
ミントの成分メントールがTRPM8を活性化し、清涼感を感じる
6)口の中の傷は治りやすい。
口の中の上皮細胞にはTRPV3が多くあり、このTRPV3が口の中の温度で活性化され、治癒を促進する。
重要なのは、2021年ノーベル医学生理学賞受賞研究の温度感受性TRPセンサ―(チャネル)は、それぞれの温度以外の刺激でも活性化するということです。植物成分や痛み、酸、脂質などの複数の刺激(活性化刺激)により活性化され、資料1に示した疾患(関連疾患)や、生命活動の重要な機能に関与しています。
温度感受性TRPセンサーは、外気の温度変化を感じる皮膚のみでなく、深部体温を感じる細胞にも存在します(発現部位)。すなわち、TRPV1は感覚神経、TRPV2は感覚神経や免疫細胞、TRPV3は皮膚や感覚神経、TRPV4は皮膚、TRPM5は味覚細胞、TRPM2は免疫細胞や膵臓、TRPM8は感覚神経や前立腺、TRPA1は感覚神経や腸管に多く存在します。
特に、免疫細胞にも温度感受性センサーがあるということは、やはり、温度、すなわち加温が免疫細胞の活性化にも重要であることの1つの証と思われます。
改めて、私たちの体は、温度に左右されることが沢山あり、昔から知らないうちに、生活の中で「温度」が結構生かされていて重要だなと感じます。
なんてったって、寒い冬はやっぱり温かいお風呂、
HSP入浴法で芯まで温まるのが最高!と思う次第です。
そして、近い将来、HSPにもノーベル賞が!